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芸術   Art

 

 

 

 

 

 

芸術        Art


 

 

 感覚を養っておく。この芸術性があらゆるところ、心にふれてふっとくるものでてくる。

 僕の芸術性というもの、何故こう綺麗になる

 人間にとって一番美しいもの

 美しいものにしてしまう、僕は美術家、最高の美しさすべてに求め、大勢の者で審査した結果

 作品はその人が出る、その人のものはその人のもの

 綺麗な世界、美的感覚というもの

 心にくっとくるもの

 絵描、平面、彫刻、立体。絵をかく、感覚を養っておく。僕の後継、人物一つかけない。ノートルダムのせむし、KY、詩がかけない曲がでない。この芸術性があらゆるところ心にふれてふっとくるものでてくる、心がでてこない。

 僕はつくったものふり向かない。人のものもやらない。

 ダビンチ、ミケランジェロ、マイヨール、ロダン、ブルーデル

美術館     過去のもの、これをもって終わりとする。

 

 

 

 

 「人間の作品においても、自然の作品においても、本来特に注目に値するのは、その意図である」                                         ゲーテ

 

 

 

 

美術        Art


 

 

 荘厳な美しさ、精神統一して、ミケランジェロ抜いた、ダビンチより気品では上

 美を見る感覚

 僕の絵は神業ってことに

 美しいそういう感覚

 八島美術勉強しろ

 

 

 

 

 

 

文化    Culture


 

 

 

フォーリン・アフェアーズ

VOL.76           2003.8.17

 

        国際関係

 

 「1つの文明が数多くの国民国家によって構成されている場合もあるが、日本のように、文明が1つの国民国家だけで構成されている場合もある」         S.P.ハンチントン

                           http://www.foreignaffairsj.co.jp/    http://www.foreignaffairs.org/
本日は、Foreign Affairs Japan、フォーリン・アフェアーズ傑作選1922‐1999―アメリカとアジアの出会い〈上〉〈下〉から

 「16世紀はスペインの世紀、17世紀はフランス、19世紀はイギリス、そして20世紀は間違いなくアメリカの世紀だった」            ジェームス・ホーグ&ファリード・ザカリア
 「いかなる世紀であれ、自国の価値に応じて国際システム全体を形作ろうとする力と意思、理念と道徳的使命を抱く国家が登場するようだ」        ヘンリー・キッシンジャー
 「超大国が単極システムの形成を試みれば、多極システム構築の動きを刺激する」
 「文明は常に動き変化する。興亡を繰り返し、分裂と統合というパターンを見せる」
 「文明とは、民衆の集団化・組織化を促す最も大きな枠組み。言語、歴史、宗教、生活習慣、制度といった共通の枠組みと主観的な自己認識によって導かれる」
 「文化的なアイデンティティは今後ますます重要になり、世界は7〜8つの主要な文明、西欧文明、儒教文明、日本文明、イスラム文明、ヒンズー文明、スラブ文明、ラテンアメリカ文明、アフリカ文明間の関係によって規定されていくだろう。我々に必要なのは彼らと共存するすべをともに学んでいくことである」              サミュエル P.ハンチントン

 「全ての市民に、他の人々との関係について正しい情報を。外交問題は今や人々の利害にかかわってくるのだから外交を学び理解を深めたほうがよい」      エリフー・ルート
 「国際会議においては忍耐強く静かな交渉こそが、成功の必要条件である」
 「この偉大な国際司法裁判所の存在が、世界にもたらす最大の利点は、諸国間の紛争解決に限られるものでなく、その判例によって国際法の調和の取れた有効なシステムが次第に築かれるというもっと広範で長期的な側面にある」
 「介入は、外交圧力、交渉、戦争と並ぶ、古来からのすでに確立されている外交政策の手段である。経済援助は介入の手だてとなる」          ハンス J.モーゲンソー
 「数多くの国際合意が積み重ねられていくにつれて、環境保護その他の領域でシステムを合理化する圧力が高まっている」                 ジェシカ・T・マシューズ

 「唯一の国際的文明とは、世界市場を支配している経済文化である」
                                    リチャード・ローズクランス
 「グローバリゼーションはすでに、先進各国のビジネスを変化させているし、我々の生活や統治スタイルにも影響を及ぼしつつある。変化は間違いなく混乱を伴う。全ての人が平等に変化の恩恵を手にすることはあり得ない」            J.ホーグ&F.ザカリア
 「発見や発明への期待は覆せないトレンド。その延長線上にある貿易・通商・産業組織という必然的潮流はかなり進んでおり、すでに我々は生活の便利さ、快適さを世界全体に依存しており、これらを手放すことはできない」             ヘンリー L.スティムソン
 「マネー、情報、環境汚染、大衆文化が拡散し政治境界線に関係なく生活や経済を規定する。国際的な行動基準が国家、地域的な主張を次第に凌駕しつつある」
 「秒単位で行われる取引に対抗していく能力は政府にはないし、金融情報の拡散によって、多種多様なプレーヤーたちがこれを入手できる」      ジェシカ・T・マシューズ

 「効率的で、透明性を備えた公的部門の管理が、経済成長には不可欠である」
「世界の富の64%は、人的資本によって生み出されている」           世界銀行
 「サービス産業は、アメリカのGDPの70%、そのうちの63%は高付加価値産業」
 「適切な教育を市民に提供すれば、国の産業と経済の未来を変えることができる」
 「ダウンサイジングの過程において、企業も国家も相互に依存していくことを体得していかなければならない。バーチャル企業は他の企業の生産施設を必要とし、バーチャル国家は他の国家の生産能力を必要とする。その結果、国家間の経済関係は、特定地域にある頭と別の地域にある体を結びつける神経のようなものとなる」
 「ヨーロッパで、バーチャル国家の先端をいくのはスイスである。たとえば、ネッスル社の生産能力の98%は海外にある」                  リチャード・ローズクランス
 「戦略的提携を積極的に模索している企業は、そうでない企業に比べ50%も高い収益を上げている」                               フィナンシャル・タイムズ

 「情報経済が必要とする、個人の創造性を奨励するような教育システムを整備する」
 「最初に行動を起こす者が、スタンダードの設定者であり情報システムの設計者」
 「インターネット利用者の数が2005年に10億人に達したとしても、全般的にみれば、それでも世界の大半の人々がこの空間にはかかわりを持たない」
 「伝統的な外交政策の多くは、相手国との約束の交換という形で成立するものであり、その価値は、約束が信頼できるものであるかどうかで左右される」
 「雑音と重要な情報を区別できる者が力を得る。編集者、情報の選別者、解釈を提供する人、評価の大枠の判断を示す人材の重要性が高まり、これがパワーの源泉となる」
                          ジョセフ S.ナイ & ロバート O.コヘイン

 

 メソポタミアのイラン高原、あの辺りから始まった、世界の文明で最高のものが洋の東西にバランスして、循環してきましたね。古代ペルシアが正倉院にある&日本にだけしかない。文化の主流。天皇、すなわちスメラミコトというのは、シュメール の言葉ですね。物理学や医学賞などは西欧からですが、文化賞は日本から出ています。

和田軍一

正倉院

 

 

   「ジャパンクール、日本の大衆文化は外国に影響を与える産業」   ダグラス・マッグレイ  

 

 

 

絵画    Picture


 

 

 人物画。

 僕描き納め

 

Wikipedia  ウィキペディア > 文化 > 美術 > 版画 > リトグラフ

 

 

 「素描に努めよ」                         セザンヌ

 「私は清澄な風景を描きたいと思っている。汚染され、荒らされた風景が、人間の心の救いであり得るはずがない。風景は心の鏡である。庭はその家に住む人の心を最も良く表すものであり、山林にも田園にもそこに住む人々の心が映し出されている。河も海も同じである。その国の風景はその国民の心を象徴すると言えよう」              東山魁夷

 

 

 

 

デザイン        Design


 

   どういうデザインのもの  

 

 

 

 

 

 

彫刻        Sculpture


 

 

 無心に刻む。その人が出る。作品。

 ロダンの言葉、姿というもの、自然の流れ、自然界、量感、

 

 

 

 

                  VOL.4        2001.4.29

 

        オーギュスト・ロダン

 

 「それは『夢』、もしくは『天使の接吻』というのです。天使がその女を訪ねて来て 、自分の手で、音のしないように自分の翼を抑えているのです」

  Auguste Rodin (1840-1917)              http://www.musee-rodin.fr/
 パリ市アルバレート生まれ。現代彫刻の基礎を築いたフランスの彫刻家。13歳の頃から芸術家を志す。17歳から3年続けて美術学校落第。24歳、縫い子でモデルとなったマリーと恋愛・同棲。30歳頃までは下彫工や装飾工、鋳造工などの職に。アカデミズムに反発、孤高の存在を貫く。レジォン・ドヌール勲章等受章。 作品は「地獄の門」「考える人」「ダナイード」「接吻」「若い女のトルソ」etc.出典は「ロダンの言葉」。

 「芸術とは自然が人間に映ったものです。肝腎な事は鏡をみがく事です」
 「偉大な芸術家にとっては、自然の中のいっさいのものが性格を現わします」
 「芸術というものは自然の研究に過ぎません。自然です。何もかもそこにあります」
 「いかに私の心は 、私もその一部をなしているこの世界に対して尊敬を感じた事ぞ」

 「恋愛こそ生命の花です」  「彫刻に独創はいらない。生命がいる」
 「ああ、若さは何物にも代えられない。金銭にも高位高官にも!」
 「彫刻を掘りあてるために、私は全力をつくし、できる限りのことをした」
 「肝腎な点は 、感動する事、愛する事、望む事、身ぶるいする事、生きる事です」

 「私は朝いつでも花を持つ、花とモデルとの間に別ちをしない」
 「たくさんの花のいっしょにあるのは 、頭をさげている女たちのようだ」
 「生命を会得するものは誰でも、花を愛し、花の清浄無垢な愛撫を愛する」
 「たった一つ、小さな桜草が 、どうかして春より前に花を出していました。そこへ行くたびに、もしやその桜草が咲いてはいまいか、とどんなに熱心に見に行ったか知れません」
 「午後は、古代彫刻を模写しにルーヴル美術館へ行ったり、帝国図書館の版画室へ行ったりしました。何しろ飽く事を知らない貪欲な心を持っていたものですから」
 「植物園では、方々探して、ある地下室を見つけ出しました。私たちはそこで 、いきり立った動物のように勉強した事です。まるで猛獣の有様でした」

『美』の司祭でありたいと思う、若き芸術家たちに
 「私に出来る最上の講義はそこにあります。私の制作を見ればいいのです!  見る事です! そして仕事する事です! かぶりついて仕事せよ!」
 「休みなしに稽古せよ。メチエ(手業)に身を馴らさねばなりません」
 「芸術家の資格は 、ただ智慧と、注意と、誠実と、意志とだけです」
 「この前言った事より外に何も言う事はありません。勉強なさい。粘土をおいじりなさい。足をつくる。手をつくる。そしてそれを持って来てご覧なさい。それについて私の思うだけの事を言いましょう。そうです。足や手です。実物から執念深くおやんなさい。」
 「君たちに先だつ大家たちを心を傾けて愛されよ。フィディアスとミケランジェロとの前には平伏せよ。前者の神々しい明浄、後者の猛烈な惨痛を讃嘆せよ」
 「深く、恐ろしく真実を語る者であれ」 「最も美しい主題は君たちの前にある」
 「情熱をもって君たちの使命を愛せよ。これより美しい事はない」

 「パリの街は、古道具や、エッチングや、美術品の店があって、本当の美術館です。そして人は 、そこから自分の出来るだけのものを吸収する事ができる」
 「今日ではパリを一番よく飾るものは、女です。店の窓で、自分の好きな物を見つけ、それをじっと見ています。なにとなにを買うか、ながいこと思案して決める。そこでちゃんとお化粧して、魅力があって、可愛い。芸術は永久に存在する。もし芸術家が芸術を棄てたところで、女が、服の着方、髪の結い方で、まだ芸術を作るからです」
 「自分の家をよく整理する女、自分の子供を育てる母、それを人間に作り上げる母、これらもまた天才を持っているのです。そして、自分たちの子供を賞め可愛いがりながら、この才能が無くて、子供を悪く育て上げてしまう者が実に多い事です!」

 「ギリシア人は形の性格にある誇張を加えて、その見たところを模写したに過ぎません。ただ、彼らはそこに誠意を置いた。高大なる信仰を置きました」
 「日本芸術は 、そのどこまでも辛抱強い観察と、極小のものにある美の探究とで、われわれの芸術より秀れています。この芸術の優越は近世からの事でない。ヨーロッパの風習をあの国が適用した事とはまるで関係しません。反対に、もっとずっと昔からの事です。そして数世紀のゆるやかな発達を通して完全を得たのです」

 

 手の添え方や首を傾げる角度など、素敵なキスの仕方を会得されたい方は、彼の傑作「接吻」や「永遠の青春」etc.をお二人で心ゆくまでご鑑賞遊ばせ!

オーギュスト・ロダン

 

 

 

 

               VOL.68           2003.4.11

 

        高村光雲

 

 「この楠公馬上の像は、楠公がどうしているところの図か。木の材を纏めて製作したものか、学校の教員達が力を協せて作ったものか」                 明治天皇

  高村光雲 (1852-1934)
 嘉永5年、江戸下谷生まれ。幼名、中島光蔵。11歳、仏師高村東雲の下に奉公。22歳、光雲の雅号を許される。25歳、第1回内国勧業博覧会に「白衣観音」出品、龍紋賞受賞。35歳、皇居室内装飾。37歳、「矮鶏」買上げ。東京美術学校木彫科教授。38歳、帝室技芸員。40歳、上野公園「西郷隆盛銅像」。41歳、シカゴ万博「老猿」。皇居外苑「楠公銅像」天覧。46歳から帝室博物館鑑査掛、パリ万博出品鑑査委員、帝国美術院会員等歴任。従来の木彫を一新した日本近代彫刻の父。

 「わが邦有史以来の忠臣。還御のみぎり、金剛山の重囲を破って出で、後醍醐天皇を兵庫の御道筋まで御迎え申し上げた、その時の有様を形にしたもので、畏れ多くも鳳輦の方に向い、右手の手綱を叩いて、勢い切った駒の足掻を留めつつ、稍々頭を下げて拝せんとするところで御座います。この時こそ、楠公一代において重き使命を負い、且また、最も快心の時であり、奉公至誠の志、天を貫くばかりの意気」
 「もう1つ同じものは出来ません。丸一年も精根をからしてやったものです」   高村光雲

 「もう大丈夫だ。俺がついている」 「これは、どうだ。異(おつ)だろう」     中島兼松
 「苟くも仏師たるものが、自作を持って道具屋の店に売りに行く位なら、焼芋でも焼いていろ、団子でもこねていろ」                               高橋鳳雲
 「職人には字も算盤もいらない。唯、一生懸命に彫刻を勉強しろ」      高村東雲
 「師匠の家庭は師弟平等主義で、上下の区別を立てず至極打ちとけた家風。奥と店とが一緒で、一家内中が輪になって、そのお蕎麦を食べておりました」
 「弟子達はただ腕次第、勉強次第でコツコツとやっている。何時となく、誰いうとなく、腕のよいもの、拙いものとはチャンとわかっている。それは自然自他共にそれを感ずるのであって、自然と公平な優劣判断のようなものが、仲間のなかにわかっていた」

 「江戸は八百万石のお膝下、金銀座の諸役人、札差し、諸藩の留守居役といったような、金銭に糸目をつけず、入念で、しかも傑作を欲しいという本当に目の開いた華客が多く、これと目指した彫刻師の充分な腕によって出来たものを望むという気風がありました」
 「田舎と江戸前とは道具だけでも大分違う。なるほど、これでなくっちゃ」
 「江戸っ児のチャキチャキ、宵越しの銭は持たない。持てば持つ程勢ひよくなる」
 「池の端にある櫛屋の看板に十三屋とあるのは、九四即ち九と四だからだ」
 「7、8年間は、私にとっては実際経験によって修業の出来た時代で生活そのものは苦境であったが個人としての内容を豊富にするにはまことに適当の時代であった」
 「師匠譲りの木彫。私は暇を貰い、家に帰って小刀を研ぎはじめた」 「一気呵成、鋸をズパリと入れた以上は決して休みも無し息をも継がないで一息に切って了ふ」

 「仕事の上に忠実を尽くし、すべての注文の上に手一杯念入りにして、一層好評を得るよう心掛けました。注文の品を手堅く念入りにして一層華客場の信用を高めることが何より」
 「洋傘の柄、張子の型、その他色々のものを注文に応じて彫りました」
 「自分の仕事として、その仕事が世の中に現れてくる。自分の独立する時機が自然と来た」
 「こういう処へ嫁にくるには、この娘ならば丁度よくはないか。相当に旨くやり切っていくかも知れない。どうもあの娘ならば、それも出来そうである」
 「画家が実物を写生すると同じやうに、刀や鑿をもって実物を写生した」
 「物の形を像ったものはなんでも参考材料とし、自然に面して自然をそのまま写していくことを長い間研究した。解剖的に内部を根から掘り返して窮理的に看極め…・」
 「つくづく私は思うことには、物の形を表わすものは、世間を広く見てモデルも選ばなければならない。世間を広く見た上にも広く、深く求めた上にも深く探究する」
 「経験がないということも、その経験を作ることによって、智識も啓け、腕も上達するというもの。初めての仕事なれど、何も経験である。行って見ようかと私の心は動いてきました。この人と一緒に仕事することは、いろいろ智識を開くことにもなろう」

 「一人でポツポツ拵へて、十年目位で無ければ一つの見世物が出来ない」
 「品格の違ひが大変だ。何しろ余程意匠が違ふ。何を拵へても少しづつ普通の人のやり方とは違って居る。ちゃんと何もかも知っている。名人になる人はふだんの心掛けがまた別なもの。他人の仕事をも斯く細かに注目し、朝夕立ち寄って見てはそれを楽しく感じたとは熱心の程も推察される。この心あってこそ、頭も腕も上達するというもの」
 「権幕が違う。仕事に取っ付き方が他と異なっている。一生懸命、真剣勝負。出来る人は世話の焼けないもの。一ヵ所極まり処を教えると、一を聞いて十を知る」
 「今日からみれば、まだまだすべてが幼稚なもので、今であったら彫り直してたい位に感じます」 「本当にその道の門に入れば、その時の作など玄人側からはなんでもない」

 

 美を求めるこころ、美的感覚というもの、芸術性。目に見える形あるものを精確に彫り上げる彫刻家は、目に見えないこころの機微を正確に描写する話術をも備えられるようで、彼の懐古談も伝記ものの傑作のひとつ、お薦めの作品です。仕事、自分がやってるものに対しては命懸けて勉強、打ち込む姿勢、見習いたいものです。

 

 

 

 

 

VOL.150  2008.1.26

 

        長谷川榮作

 

 「自分の目の前には、素晴らしい大自然が限りない知識を蔵して広がつてゐる。その素晴らしい自然の中に、今自分は生きて居る」

 

  長谷川栄作(1890-1944)
 明治23年、東京府浅草生まれ。土浦藩、勝太郎長男。7歳、那須に移住。12歳、品川に移る。13歳、象牙彫刻家・島村俊明門下の吉田芳明に起臥師事。雅号 ・芳州。16歳、「乃木将軍農耕姿立像」。17歳、「河辺」勧業博覧会褒状。24歳、「夢」文部省美術展覧会入選、25歳、「乃木将軍及両親三座像」、「春よ永劫なれ」。27歳、栴檀社結成、「心を見つめて」、「引接」特選、「シェイクスピヤ像」。28歳、結婚、「あまい囁に酔える時」、「羽衣」、「地上に在る誇り」特選。29歳 、「ゆあみ」、「幸よ、人類の上にあれ」、御殿山に。30歳、「乙姫」、帝国美術院展覧会無鑑査 。32歳、帝展審査員、「男女像」、「母性禮賛」。33歳、日本美術展覧会審査員。35歳、「乃木神社木彫狛一対」。37歳、「石彫狛一対」、「華清池の楊貴妃に想を得たる試作」、著作「彫塑の手ほどき 」。43歳、「農人形銅像・田植・刈込・収穫」、満州国へ芸術使節。45歳、東邦彫塑院結成。47歳、岩崎家「釈迦如来・観世音菩薩・地蔵菩薩」、「のぼるもの」。他に 「原敬胸像」、「施楽」、「伊豆志乙女」、「華」、「女の顔」、「吉田松陰座像」、護国寺「大日如来」、「舞楽春庭華」、「幸運」、「伊藤博文立像」、「弁天」、「漁夫の首」など。53歳、伊東に静養。文展審査員、帝国美術院美術展覧会委員、国民美術協会評議員。

 

    乃木大将歌集

        想ひ出

 「今更私などが、大将の人格に就いて言葉を費すことは、無意義の極であると考へます。それで肉親の伯父として接してゐた大将から受けた、最も強い印象を述べて、序に代へようと思ひます。

 それは明治四十二年の秋であつたと記憶します。今から想へば私が十九歳、少年より青年に移る、所謂憂鬱時代でありました。或る日赤坂の邸を時候の見舞旁(かたがた)尋ねました。伯母(大将夫人)は、何かともてなして下さるのでした。そして私の気色の勝れぬのを見て、どうかしたのですかと問はれました。私は少し神経衰弱にかゝつてゐることなどを答へましたが、兎や角する中に、当時学習院の院長であつた伯父は、何か用事の都合で帰宅され、夕食を共にすることになりました。

 伯母は、病気なら冷えてはよくないからとて、私に座蒲団をすゝめて下さいました。いつも食事の際、書生時代のものは、座蒲団など敷かぬことになつてゐたのですが、私は先刻伯母が注意して下さつたことではあり、食卓の私の座席の前にも、ちやんと座蒲団が置いてありますので、暢気にその上に坐りました。其夜は伯父伯母私の三人のみで、丁度私は伯父の隣に坐つたのです。

 私が箸をとらうとしてゐると、伯父は私の座席を、平常とは異つた険しいまなざしで、じろじろ見てゐられましたが、やがて、『馬鹿ッ』と大喝され、『書生の身分で、蒲団を敷いて飯を喰ふ奴があるか・・・・』と鋭く叱責されました。すると伯母は、傍から取りなして、『榮さんは病気ださうですから、冷えては悪いと思ひますから、御許しになつて。』と言はれると、伯父は益々鋭く、『病気だ・・・・何に神経衰弱・・・・そんなことでぐづぐづしてゐるやうな奴は死んでしまへ・・・・そんな意気地の無い奴が、世の中の役に立つか。死ね、死ね。馬鹿者めが・・・・』

 伯父の怒りは、実(げ)に三軍を叱咤するのも、斯くやと思はれて、牡獅子の咆哮するやうな恐しさでした。私は思はず座蒲団からすべつて、畳に両手をつき、不心得を謝したのです。

 帰途、私の頭は不思議な力に、一転せられてゐました。神経衰弱のことなどは全く忘れてしまつてゐたのです。さうだ、自分の力がどれ丈けあるか、死ぬつもりで試して見よう、と云ふ考が油然と心の中に起つて、此の時から生死と云ふことを真剣に考へるやうになり、人生に対する観方がはつきりして来たやうに思ひました。そして総ての事は、死に直面した時の真面目さで向つてゆかねばならぬことを、始めて知つたのです。

 これ以来、私はいつも心が弛みかけると、必ず生死の問題をすぐに真面目に考へることにしてをります。其処に始めて、有と無とを超越した心境を得、邪念なく仕事に携はることが出来るのです。今にして想へば、彼の時の伯父の一喝は、私の心に火を点じた、尊い一喝であつたことに思ひあたるのであります。

 殊に社会の種々相を知るやうになつてからは、ありし日の伯父の言行の味ひを一層深く感ずるやうになり、殉情誠志のこもれるその詩歌などを読むことが、私の心を養ふ糧となるやうに思はれますので、これを書き蒐め、また私の意のまゝに章を分けて配列し、読誦してゐたのでした。今茲に、そのまゝを一冊として梓に上せることに致しました。

     大正十五年仲秋
                                         甥  榮作 誌

 

 武士の せめ戦ひし  田原坂 松も老木に  なりにけるかな
 いさをある 人ををしの 親にして おほしたてなむ やまとなでしこ    明治天皇

 朝日かげ むかしながらに 匂ふかな(らん) 豊浦の里の かりの宮居に
 櫻よし 紅葉もそめて(またよし) 水清く(し) たがみよし野と なづけ初めけん
 吉野山 秋のけしきを たづぬれば(は かしこくも)
        白らくもならで そむるもみぢば(にしきなりけり)
                                明治天皇御直し (乃木大将の歌)

 神あがり あがりましぬる 大君の みあとはるかに をろがみまつる
 うつ志世を 神さりましゝ 大君の みあと志たひて 我はゆくなり
 武士 (ものゝふ)は 玉も黄金も  なにかせむ いのちにかへて  名こそをしけれ

   台湾総督を辞せられて閑居中、或る商人が、大将に利殖事業を説いて賛成を求めし
   ところ、黙したるまゝ、この歌をしたゝめ、座を立つてしまはれたとのことであります。

 大君の み楯とならん 身にしあれば きたへざらめや みがゝざらめや
 根も幹も 枝ものこらず 朽はてし 楠のかをりの 高くもあるかな
 いたづらに よしさかゆとも 楠の木の 薫りをいかで 世にのこすべき
 賤が家に かしぐ煙の かしこくも 大御心に かゝりぬるかな
 身は老いぬ よしつかるとも すべらぎの 大みめぐみに むくいざらめや
 大君の へにこそ死なめ ものゝふは うきてふことの などかあるべき
 いたつきは 我おこたりの とがなれば 大みめぐみに 何とこたへん
 わするなよ 秋の紅葉に 春の花に 血潮ふみつゝ 進みし時を
 風さむく 夕月さゆる 川づらに 雪かとみしは 梅の初花
 春あさみ とふ人もなき 梅ぞのを 我もの顔に うぐひすのなく
 ふるからに 消えゆくあとの きよげなる なにゝたとへむ 春のあわ雪
 浪逆の 海も静けき 春の風 ゆきかふ舟の 真帆片帆白し
 駒とめて しばしは我を 忘れけり あさ日に匂ふ 花の下かげ
 遠くとも 花ある道を たどりなむ 人にまたるゝ 身にしあらねば
                                訓学習院生徒(春に寄す)
 雨はれて 若葉すゞしき 木の間より さし出る月の 影のさやけさ
 むれあそぶ 子等のしわざの 面白く たまの河原に ひと日暮しつ
                             多摩川に遠足
 高砂の 島戍(まも)る身にも 秋は来ぬ はゝその森に 霜やおくらむ
                                 台湾にて
 矢さけびの たえしゆふべに たゆみなき 弓張月の 影ぞうれしき
 埋木(うもれぎ)の 花さく身には あらねども 高麗もろこしの 春ぞ待たるゝ
                               近衛留守師団長たりし時の作
 なれぬれば 夜ごとにひゞく 筒の音も かりねの夢に さはらざりけり
 喰うて寝て 起きてたゝかへ 旅順攻め 敵休むとも 我はやすまじ
 追ふものも 追はるゝものも 今ははや 腹もへりたり ねぶたくもあり
                                奉天会戦
 ほとゝぎす おのがまにまに なく聲を こゝろごゝろに 人はきくなり
                             訓学習院生徒(夏に寄す)
 しこ草の しげれる野辺に くれなゐの 色さやかなる 日本(やまと)なでしこ
 勇ましき 弓張月に引かへて 影もさびしき 片われの月
 時鳥 たれに聞けとて 夜もすがら 一寸(ちょっと)帰京せよと 鳴くぞかしまし
 たらちねの 夢やすかれと いのるなり 心してふけ 那須の山風
                              那須に在りし母上を思ひ
 忠孝の 道のはじめの 旅立は おのがつとめを 励む門口
                           従卒に与ふ

 なす事も なくて那須野に すむ我は 茄子唐なすを 喰うて屁をこく

        先日久々留守に任せ置き候節来訪の人あり鼻紙に
          世の中になすべき事も多かるに こんなところで何をなすのか
        右名記せず有之候依て再来を待居候

 酒のみか 飯はちはいで 夜はねずに やぶかにさゝれ ひるねころぶよ
      (蚤、蚊、蜂、蝿、鼠、薮蚊、蛭、蚋)
 色白に ふつくり出来た おまんぢう アンと喰べたる 味のよきかな
 戦さにや強いが  色気にや弱い そこでやつぱり 唯の人           乃木希典

 

        巻首写真乃木大将胸像の解説

 伯父が日露戦争から凱旋した年の夏、私も那須野の別墅へ一緒に行つて居た時、私は伯父の農装像を作りました。農装を選ばれたことにも、深い意味があると思ひますが、これが大層意に適つたものと見え、数年の後、もう少し大きくして再び創るやう命ぜられました。それで、その準備として、先づ伯父の顔貌の写生をすることにしました。

 伯父は、日曜其他の余暇を見て、邸の方の用事を兼ね、帰邸する日を予め定められ、その都度私も写生に出掛けました。

 それは四十五年の五月初旬から始めたのでした。時は恰も爽かな新緑の頃で、彼の赤坂の二階の応接間の窓から、柘榴の若芽を眺めながら、伯父と共に柏餅など味ひつゝ、私は一生懸命に写生をしたのを、まだ昨日のことの様に思ひ浮べることであります。

 斯くして、もつと顔の習作も沢山作りたいと思つてゐながら、なかなか余暇の少い伯父のことではあり、都合のよい日が間隔的にしかないので、顔の写生は一つだけにして、あとは家に在って、全体の習作に意を注いでゐたのです。其後参邸して伯父に会ふごとに、それとなく肖像の事を尋ねられました。

 それから、遂に明治聖帝の崩御に遭ひ、世は大正となり、丁度九月の十日の事でした。伯父が、かねて長府から上京を促してあつた、実弟の大館氏夫妻が、停車場に着く時刻が知れてゐましたので、私はそれを出迎へ、同道して赤坂の邸に行きました。

 折柄正装姿の伯父は、玄関に佩剣の音を立てゝ帰られたのでした。私達は、二階の応接室で挨拶をしました。この時午後の陽は、西側の窓の日除に赤々と反射してゐましたが、服忌以来、髯にも髪にも刃を入れられず、銀線の如き髯に掩はれた伯父の顔に、その夕陽が輝いて、威風颯爽たる姿は、嘗て私の知らない程の威厳を備へ、其の荘重な気持は、実に室を壓する如く感ぜられたのです。実に老将軍として、これ程立派な姿が、他にあらうかと私は思ひました。

 此の姿こそ、彫刻として永遠に伝ふべき姿であると考へながら、偉大な芸術に対した時の様な心持で、私は暫時恍惚として見まもつてゐました。伯父は、令弟夫妻にも、一別後の会話が済むと、やがて私に向つて、

  榮作 ― 彫刻はどうした ― 己の生きてゐるうちには、とても出来まいのう ― どうぢや ―

 斯う云はれたので、いや、そんなことはありませんと答へたのですが、其の時は余り気にも止めず、いつもながらの皮肉であらう、くらゐにしか考へなかつたのでしたが、其の言葉が三日後に至つて、始めて意味深いものであつたことを知りました。即ちそれは、伯父の殉死でした。私は如何ばかり制作の遅れたことを、心の裡で詫びたことでせう。

 併し、其の後十五年を経た今日までに、幾つかの伯父の像を創りましたが、未だ完成致しましたと云って、霊前に報告する程、私の意に満ちたものが出来ないことを、申訳のないことゝ思つてゐます。

 この様な事で、其の後創つたものよりも、此の写真の鋳銅は、私としては、伯父の面影を最もよく伝え得て居る様に考へ、今でも或る自信をもつてゐるものなのです。而も生前の伯父に接して写生した、唯一のものでもある所から、私に取つては、大切な作品の一つとなつてゐるのであります。(をはり) 」

 

    帝展彫塑に就ての一考察

 「帝展の彫塑に二つの傾向がある。絵画に日本画と洋画が、音楽や舞踊や演劇にも東西の二潮流があり、夫れが両様に異つた味を有しつゝ存在してゐると同じ意味で、彫塑も東西両様の味の相異を示しつゝ進んで来てゐる。

 欧米の趣味が華やかで快活で表面的で強烈であるに反して、日本の趣味は、気品があり清楚であり優雅である。此はすべての方面に現れてゐる特質である様に思はれる。此れを美術の方面に当嵌めて考へた時に、決して材料や題材の相違から来ている問題ではなく、作者の精神現象から流れ出てゐる問題である事を認めて置かなくてはならない。

 東洋的だの西洋的だのと云つてはゐるが、結局ほんとの日本人のものが建設された暁にはそんな言葉は不必要になる。すべての自然が両洋に於いて非常な差異があり、如何に西洋を崇拝したからと云つても黒漆の髪毛は鳶色にはならず、黄色の皮膚は白色にはならない。つまりいつ迄経つても日本人は矢張り日本人である。芸術も其処を忘れては嘘だ。要するに歌麿の線は日本のものであり、レオナルドの理智は西欧のものである。

 出発点の違つてゐる両様の研究は何れが先に目的地に着くか。矢張り民族精神に基く伝統の上にしつかりと根を下して、其処からものを観、ものを考へ、物を極めて徐ろに出発し、他の様々なよい栄養分を吸収する事が最も安全な進み方ではないか。其方が決勝点に早く入れる様な気がするのである」



    彫塑の手ほどき

        序詞

「芸術の力で、歓喜に盈てる時代を創り出さうではないか
今や、科学は地上を全く征服しようとしてゐる しかし、試験管のなかで人間を孵化させる事が出来るやうにならうとも それは何処までも物質だ
まさか、微妙な人間の感情をまで薬品によつて調節するやうな学術が発見される筈はない
だから、霊魂の世界はあくまでも永遠である 想像をたくましくして思ひのまゝに造型しよう
そして、我々の時代の芸術の大殿堂を建設しようではないか
芸術に志す多くの人々よ 我々の力で 光榮ある時代を創造するために努力しよう

こゝに綴つた一篇も そのために役立てば幸である 私も、芸術の道に逍遥して やがて二十年のあひだ 一歩一歩と、静かなあゆみを続けてきた
芸術順禮の途にのぼろうとする人達よ その門出を祝ははう そして、一緒に行かうではないか 健かな若き人達よ 芸術の聖地は近づいた
私も、礎石の一つをしつかりと置くつもりだから 熱情にもえてゐる若人達よ その上に、すばらしく華やかな 彫塑芸術の大殿堂を、創造してくれ給へ

 

 彫塑に志をむける人は、その感覚を洗練し、真剣に彫塑芸術に全力をあげていつたら必ず良い素質が発露して来る。熱情が熾烈であればあるだけ、なほ更ら理性を緊張させて冷静に基礎研究をする事が必要。何によらず基礎を築き上げると云ふ事は堅実を要する事で、華やかなものではありません。

 物体に対する観方と、考へ方と、現はし方とを練習する。立体の面の凹凸から成って居る彫塑は、その構成を正確に見る練習とそれを造型する練習が研究の主要なもの。それと同時に最も大切な事は魂の鍛錬。

 兎角近代人の精神は絵画的で、平面的で、軽薄になつて居りますが、彫塑に志す人々はねばり強く総てを立体的に感覚し、観察すること、そして瞑想的に魂を深めてゆく事を要します。それが立体の精神であり、彫塑芸術の特質を発揮する根本をなすもの。

 技巧が如何に優れて居ても、そこに芸術の本体、即ち魂がなければそれは芸術品ではありません。併し初歩の芸術研究に於いては、その魂のぬけた形骸のやうなつまらぬものを、先づひと通りは習得しなければならないのですから、さう面白いものではありません。

 彫塑芸術とは、美を立体として実在にする造型の技術の事。如何に観察が明敏であつても、思索が深遠であつても、此を造型し実在とせぬ以上は芸術といふ称号は与へられぬ。如何に鋭く美を感じ、如何に巧みに此を表現し得るか。造型に必要な要素を理解し、習得してはじめて個性に基く創造の美を発揮し得られる。

 内容の優れて居る芸術には、くめどもつきぬ滋味があります。新鮮な泉の如き趣があります。どんなものから題材を選んだにしても、溌溂たる生命をもつて観者を魅了するものがあります。又夢の如き静的なものにしても、その底を流れる気品と幽遠な魂のさゝやきをきく事が出来るのです。それは恰も煙を噴かぬ火山の静止のやうに、脈々として内なる声を感じさせる力をもつもの。

 力、気骨、品威、熱情等を総合した魂の複雑なはたらきに依つて製作欲が発動し、その制作本能の命ずるまゝに、自由自在に日頃訓練された頭脳や手が働くことで、こゝに初めて芸術品が出来上る。その手腕を技巧、これを働かせる魂を内容と称する。ですからこの魂の訓練は手腕の訓練よりもいつも一歩を先んじて居なければなりません。

 此の内容を豊富にするには、魂を修養させねばなりません。魂の訓練、即ち頭脳の訓練について必要なことは、真面目な人生への求道者の心を以て、自然に直面し、そこに自己の人生観を奥深く探究し、自己に恵れた特質に基いて思想と趣味を洗練させ、これを制作の内容として盛り上げてゆく事。哲学的な内省を怠らず、民族的な伝統を通じて世界彫塑の潮流を観察することも、頭脳の肥料の一つ。芸術に携はるものの頭脳には、いつも現実以上の或る憧憬の世界を描いて、詩の噴水はたえず夢のやうに静寂に噴出してゐて欲しいものです。

 自己の性癖と自然に現れたる形態との間に起る矛盾を感じ、此を深く考慮し思索し、そこに自己の観方を確立して、自己と自然との契合点を見出し、真の調和を知覚する必要があります。本当の芸術に生きやうとするものは、アカデミズムの冑をかなぐり捨てゝ、赤裸々な独自に立ちかへり、自己の魂の受話器を敏感にして、自然の神秘な魂の秘奥を極はめる鍛錬をつまねばならない。そこに芸術的生命がやどることになり、内容が充実することになり、又作家個々の天分が発揚されることになる。

 彫塑芸術が人類のものである以上、人体を基礎として発達し、その美的表現を我々彫塑に携はつて居るものが完成させてゆくもの。人体のもつ美は、冥想的な深さ、豊麗な魅力、無邪気なる神聖さ等の種々な精神の現象。他の如何なる自然の美よりも直接に此を感じ、此を意識する事が出来るだけ、人類にとつては最も関係の深い美の要素。彫塑家は此の美を極はめ、此の美を分析して、更に此を組織し構成して、いままでの人間の常識によつて開拓せられざる所の種々相を象徴し、表現することが、彫塑美の価値を発展させる。人体、即ち裸体を写生し研究する。裸体は美の根源である。

 人体を写実し、研究する以上は、其の構造についての解剖も一通りの事は知らねばなりません。ダビンチなどの芸術には一種の哲理的な深刻味があるのは、確に生きた解剖学のたまものであろうと思はれます。

 真の芸術家は、その時代に支配せられず、来るべき時代の水先案内者であらねばならぬとすると、他の諸芸術よりも一番立体的な力と、量の厚重を多分に有する彫塑芸術は、荘厳、崇高、雄渾、高雅などゝ云ふ諸相を表現するに最も適した芸術であると思はれ、これに携はつてゐる人々によつて、東洋の誇るべき精神主義、人格主義を第一に叫ばねばならぬ時は来てゐると思ふのである。

 だがこれは時代を超越し、展覧会を超越し、名誉を超越し、すべてを超越した真の精神主義者、人格主義者が出現せぬ限り、到底のぞまれない事かも知れない。けれどもいつ何処から、かう云ふ人格者が現れぬとも限らぬから私はその日の来るのを待つとしよう。こんな 事を云ふ私なども所謂凡夫で 、思ふだけで中々立派な創作が出来ない事を悲しく思つてゐる」

 

 

 洋の東西でも、ヒトが自然の中の一自然物であることに変わりはありませんね。幸せの生き方に王道があるのはこのためです。人間がなす総ての行為は、幸せにとってプラスかマイナスか、プラスかよりプラスかのどちらかです。地球を守るというよりも、人間が滅びないようにする、幸せに栄える方法&技術は、実はシンプルなものです。ただ、実行出来るか出来ないか、それが生死を分ける。

 

 

 

 

名作    Masterpiece


 

 名作と言われるもの読んでおく、それだけのものがある。

 

紅はこべ  紅はこべ 痛快世界の冒険文学 (14)

 

 

 

VOL.69           2003.4.24

 

        フランス名句

 

 「君たちの旗が見えなくなったら、わが白い羽飾りのもとにはせ参じよ」      アンリ4世

本日は、大修館書店「フランス名句辞典」、中世〜17世紀から

 「あなたの一番甘い口づけを、一つわたしに頂戴な」         ルイーズ・ラベ
 「私のいないあなたはなく、あなたのいない私もないのです」     マリー・ド・フランス
 「好きな人のどんな曖昧な言葉でも、嫌いな人の率直な愛の告白より心に動揺を与えるものです」 「なぜ婚約する前に貴方に会えなかったのでしょう。なぜ運命は乗り越えられない障害で私たちを引き離すのでしょう。でも貴方にお会いしなければ恋などしなかった女に愛されたことで、お気持ちを慰めてください」                  ラ・ファイエット夫人
 「希望は情熱の中で最も甘美なもので、われわれをよりいっそう心地よく生かしてくれるものなのです」 「スペインでは、恋をするためにのみ生きる。フランスにおいて「恋をする」というのは、ひたすら恋について語ることでしかない」             サン・テーヴルモン

 「愛しく優しいお方、もっと口づけをしましょう、小鳥たちが歌う、あの牧場の中で、うんと愛しましょう。おお神様、おお神様、夜明けが! こんなにも早く!」          暁の歌
 「愛の神よ、何と辛い別れかな」                 コノン・ド・ベテューヌ
 「その場より離れると、遥かな愛が想いだされる」           ジョフレ・リュデル
 「うわべは冷静を装っていても、心の内は乱れ騒ぐばかりです。今でも言うに言われぬ魅力が、私をあなたの方へ誘うのです」                  ピエール・コルネイユ
 「恋の炎は、心の中に隠しておけるものではありません。くすぶる炎は、いっそう激しく燃え上がるのです」 「誰がそんなことを頼みましたか」            ジャン・ラシーヌ
 「あなたの神々しい色香を見てしまうと、心は捕えられ、理性は働かなくなるのです」
 「とにかく、抵抗する美女を征服するくらい愉快なことはない」          モリエール

 「人間の作った掟は、自然の掟を変えることはできない」        ミシェル・ド・ロピタル
 「神は詩人であるが、人間は役者にすぎない」             ゲ・ド・バルザック
 「なによりも素直に自然に身をゆだねることが、もっとも賢明な身のゆだね方である」
 「この世は、いつまでも揺れるブランコにすぎない」              モンテーニュ
 「多くの収穫をあげようと思う者は、神が200倍にして戻してくれるような地面に、己れの種を蒔き広めるがよい」                          クレチアン・ド・トロワ
 「天は自ら助くる者を助く」 「強者の言い分は、いつだって一ばん正しいのだ」
 「仕事で職人がわかる」 「柔は剛にまさる」          ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ

 「わが王国では、いかに貧乏な百姓でも、毎日曜日に、その鍋に鳥肉がないというような者がいてほしくないのだ」 「一か八かやってみよう」                 アンリ4世
 「私が国家である」 「1つ空いたポストを作ってやるごとに、私は100人の不満な人間と1人の恩知らずを作っていることになる」                      ルイ14世
 「私の第一の目標は国王の尊厳であり、第二は王国の隆盛である」
 「公職にあるものすべてが立派であれば、国家はしばしば安寧を乱す多くの事件から免れるばかりか、言い尽くせない至福を享受することであろう」
 「国政においてうまく振る舞うには、多くを聞き、少なく語らねばならない」
 「国家は、人間の身体のようなものである」              リシュリュー枢機卿

 「真の貴族は、生きていくうちに獲得されるものである」        ギョーム・ブーシェ
 「良識とは、物事を正しく判断し、真と偽とを分かちうる能力」
 「良書を読むことは、それらの著者である過去の時代の最も優れた人たちと会話を交わすようなもの。その人たちの思想の最良のものだけを私たちにあかしてくれる、念入りに仕上げられた会話なのである」                          ルネ・デカルト  
 「笑いは人間の本性」                フランソワ・ラブレー
 「批判者をもつことは優れた本にとって必須である」
 「よく考えられたことははっきりと表れるものだ」
 「絶えず磨きをかけた上にさらに念入りに磨く」              ニコラ・ボワロー
 「本よりも人間を研究するほうが大事である」        フランソワ・ド・ラ・ロシュフーコー

 「人間の判断は、世間とよく交わることから、驚くべき明察力が出てくるのです」
 「いっぱい詰まった頭よりもむしろ、よくできた頭を。知識よりは品性と良識の方を。書物によって余計な知識をつめこむよりも、物事の正しい判断ができ真に徳行の誉れ高い人物に育てることこそが教育の中心だ」           ミシェル・エイケム・ド・モンテーニュ
 「良いことをしたときに誉めてやらないと、子供のやる気をなくさせる恐れがある」
 「全人類は、地球上にばらまかれた家族にすぎない。すべての人々は兄弟であって、そのようなものとして愛し合わなければならない」           フランソワ・ド・フェヌロン
 「バビロンの川は、流れ、くだり、まきこむ。ああ、聖なるシオンよ、そこでは、すべてが堅く立っていて、なにひとつ倒れるものがない」               ブレーズ・パスカル
 「すべては言い尽くされた。生まれるのが遅すぎたのだ。人が、しかも考える人がこの世に存在してから7,000年以上もたつのだから」         ジャン・ド・ラ・ブリュイエール

 

 古代ユダヤが北九州に入植し、最初に本拠地としたのが丹波ですね。元伊勢も丹波にある。京都のギオン(祗園)の起源です。パリのシテ島のノートルダム大聖堂は元々古代ユダヤの王を祀っていた。ともにバビロン、メソポタミアが起源。拝火教、太陽崇拝、天照、これが日の本。そもそも日本という名は古代ユダヤが持ち込んだものですね。

 

 

               

 VOL.71           2003.5.31

 

        フランス名句 U

 

 「皆はひとりのために、ひとりは皆のために」         アレクサンドル・デュマ・ペール

本日は、大修館書店「フランス名句辞典」、18世紀〜19世紀から

 「神とは自然にほかならず、自然とまったく等しい」
 「自然から授かった体質に支配されないものは一つもない」           サド公爵
 「我々は自然と呼ばれている、美しい常緑の永遠の大木の苔の一つにすぎない」
「豊かであろうとするならば、それを探求するだけでよい」      オノレ・ド・バルザック
 「見ることは、感じることと同じように鍛えられる。洗練された眼は、細やかで鋭敏な感情にほかならない」 「われわれの感性は、明らかに知性に先行しており、われわれは観念以前に感情を持ってきた」                        ジャン・ジャック・ルソー
 「料理人のあらゆる資格のなかで一番不可欠なのは、時間の正確さである」
 「諸民族の命運は、かれらの食生活にかかっている」         ブリヤ・サヴァラン
 「肉体を元素に戻し、別のかたちでもう一度自然に生気を与えるべき時、この変容の瞬間がやってきたときには、永遠を生きてこようと、ただ一日を生きようと、まったく同じことだ」
 「お説ごもっとも。でもともかく我々の庭を耕さねば」           ヴォルテール

 「もらうものはもらい、取れるものは取り、くれないものはねだる、この3つが宮仕えの秘訣さ」                                          ボーマルシェ    
 「わがあとには洪水来たれ」                ポンパドゥール侯爵夫人
 「我々がここにいるのは人民の意志による」        オノレ・ガブリエル・ミラボー伯爵
 「それは謀反か」                   ルイ16世 
 「いいえ、陛下、これは革命でございます」       ラ・ロシュフコー・リヤンクール公
 「不可能だと貴公はいうが、さような言葉はフランス語にあらず」      ナポレオン1世
 「フランスがフランスを作った。人間の進歩の根本は、いきいきとした活力にある」
 「難しいのは、地位が上がりながらも、自己を保つことである」     ジュール・ミシュレ
 「Noblesse oblige.(ノブレス・オブリージュ) 貴族の地位は義務をともなう」
 「愛人を見つけるのは簡単で、友人を保つこともたやすい。難しいのは、友人を見つけることと、愛人を保つことである」                    ガストン・ド・レヴィ公爵

 「彼は彼女に会った。気脈が通じ合った。2人の崇高は溶けあった」     サン・シモン
 「熱情、それは美への愛と、魂の高揚と、献身の喜びが、偉大さと安らかさをあわせ持つ感情のうちで結びつき、ひとつになったもの」                  スタール夫人
 「女性が誰かを愛し、誠実であれば、男に無限の時を与える」     ジュール・ミシュレ
 「恋が口を出したがると、理性は黙らねばならない」     ジャン・フランソワ・ルニャール
 「恋が私の胸にやって来たの」 「心が乱れてしまって、自分がよく分からない」
「性別は2つ。自分に分別があると思っているほうと、それが嘘だとわからせてくれるほうと」
 「どんな賢い男も女のこととなると愚かなまねをする。どんな愚かな女も男のことでは賢い」
 「私たち綺麗な女が、少しばかり才気があれば、男たちはもう話の値打ちなど分からない。聞きながら顔を見つめていますから、私たちが言うことは男たちの見ているもののおかげでずっと得をする」                            ピエール・ド・マリヴォー
 「それでもカルメンはやっぱり自由なのさ」                プロスペル・メリメ

 「男は愛する幸福を楽しみ、女は愛される幸福を楽しみます」
 「私たち女の好きな2つの情熱、身を守った誇りと屈した喜び」   コデルロス・ド・ラクロ
 「女は我々に子を生んでくれるが、男は女にそれを生んではやれぬ」    ナポレオン1世
 「外出から帰ったとき、微笑みかけてくれる顔を見ることぐらい魅力的なものはない」
 「情熱こそは人間性のすべて」 「人は反感から愛に向かう」     オノレ・ド・バルザック
 「妻を独占したがる夫は、公共娯楽を乱すものとみなされる」       モンテスキュー
 「美徳とは、情熱の欠けた美女のごときもの」          グザヴィエ・フォルヌレ
 「戯れに恋はすまじ」                   アルフレッド・ド・ミュッセ
 「恋の喜び、うたた束のま」                   フロリアン
 「恋愛は結婚よりも楽しい。小説が歴史よりも面白いから」    ロック・ド・シャンフォール
 「(ロジーヌ)立ち聞きなんてとても悪いことよ。(フィガロ)なんたってよく理解するにはこの手が一番」 「掛け値なしの自分を愛されるのは嬉しいものだ」       ボーマルシェ

 「美しい自然を描こう」                シャトーブリアン
 「絵画とは画家の魂と見るものの魂との間に架けられた橋のごときもの」
                       フェルディナン・ヴィクトール・ウジェーヌ・ドラクロワ
 「ものみな移りゆき、揺るぎなき芸術のみが永遠性を有す」       テオフィル・ゴーチェ
 「分別には語るべき真実と、黙っているべき真実がある」  アントワーヌ・ド・リヴァロール
 「文は人そのもの」                    ビュフォン
 「文体とは心の動きでしかない」               ジュール・ミシュレ
 「批評とは、さまざまな精神のありようを識る楽しさである」        サント・ブーヴ
 「精神の広さ、想像力の力強さ、魂の活力、それが天才である」      ドゥニ・ディドロ
 「教えるとは2度学ぶこと」 「若者はすべてを知っている」     ジョセフ・ジュベール
 「優越するための大きな手段は、ただ1つの目標だけに励むこと」       スタンダール

 

 フランス革命前夜の世界の名作ものは数が多いですね。三銃士、スカラムーシュ、紅はこべ、黒いチューリップetc.人々の情感は瑞々しく活発で気力がみなぎり、痛快です!
当時のフランス王室は、国王が宮殿の窓から門前の民衆を狙い撃ち、命中し倒れたのを見て側近に、「どうだ、わしの腕前は」。これでは革命が起きて当然。

 

 

                

  VOL.48           2002.6.26

 

        エクトール・マロー

 

 「この物語の中で私は、人間の意志がどのようにして形づくられ、どのように働き、どのように驚くべきことを成し遂げられるか、ということを描き出そうとつとめた」

  Hector Henri Malot  (1830〜1907)
 ノルマンディー地方、ルーアン市近郊のラ・ブイユ村生まれ。パリ大学法学部卒、新聞社の文芸欄を担当。28歳、「恋人たち」で文壇に。48歳「家なき子」、61歳「家なき娘(ペリーヌ物語)」でアカデミー賞受賞、19世紀産業革命後のフランス社会を舞台に、人の心や美しい自然を描写、長年フランスでは国語・社会科のテキストとして使用されてきた。児童文学の傑作として各国語に翻訳、映画・TVアニメ化など世界中の子供たちに親しまれている。他に「夫婦」etc.70編以上の作品がある。

 「役というのは、その芝居の中でおまえがやらなければならないことだ」
 「朝はフランス人だった僕は、その日が暮れないうちにイタリア人になった。赤いひも、フェルト帽、リボン、ラシャの造花の花束。僕は自分をとても素敵だと思った」
 「自分の殻を抜け出して、自分とはちがう人びとの人生を生きる」
 「カピやドルチェたちは、長い間、さんざん練習して、ああいう芸を身につけ、またじょうずに芝居ができるようになったのだ」  「さ、子どもたち、前へ、進め!」
 「犬は飼い主の影響をうける。犬は飼い主の鏡で、犬を見れば飼い主がわかる」
 「数えきれないほど沢山の目が全部こちらに向けられ 、射るような光を注いでいる」
 「あなたの劇場の入場料はおいくら? − お楽しみ頂いた分だけ頂戴します」

 「ヴィタリスについて戸外の厳しい生活をするうちに、僕は脚も腕も強くなり、肺は丈夫になり、皮膚は鍛えられ、寒さも暑さも、陽射しも雨も、痛さ、ひもじさ、疲れも、平気で耐えられるようになった」 「僕のお師匠さんは、堂々たる気品があった」
 「なつかしいヴィタリス! ぼくは彼を失ってしまった。もう二度と、彼が頭をぐっとおこし、胸を張って、両腕、両足で拍子をとり、横笛の鋭い音でワルツを奏でながら歩く姿を、見ることはないのだ」  「よい先生は、どんなよい本にもまさる」
 「どんなに鋭い目よりも心の目のほうが、よりはっきりと、より遠くまで見てしまう」
 「あそこに、僕の灯台がある。大海のただ中で、目あてにする灯台」

 「ぼくがベッドにはいると、かならずその人がきて接吻してくれた」
 「リーズは麦わら帽子をかぶって、青いドレスにグレーのズックの編みあげ靴をはいて、いいようのないほど可愛らしく、生き生きとしていた。はつらつとした愛くるしさそのもので、目も、ふるえる小鼻も、肩も腕も、彼女のすべてが喜びをかたっていた」
 「ああ! 唇からでる言葉なんか目の語る言葉にくらべたら、なんてとるにたりないものだろう!」  「僕の心は火と燃えている 美しい人よ、あなたの名を聞くだけで」
 「あなた方は私たちの役に立つし、私たちもあなた方のお役に立てるかもしれない」
 「ミリガン夫人の心づかいと優しさ。朝から晩まで、すべての時間が充実していた」

 「ただひたすら夢をはぐくみ、それを、思いつくかぎり素晴らしいものにする」
 「旅のあいだずっと、マチアは上機嫌と笑いそのもので、なにごともよい面を見、なんでも面白がり、ちょっとしたことで喜び、災いも福に転じてしまうのだった」
 「人物だからだ。われわれみんなの中で、先生こそいちばんたいした人物だから」
 「これは贈り物。ぼくたちがかあさんをびっくりさせてあげようと思ってね」
 「なんてやさしい子どもたち!」  「いつもいい便りでありますように」
 「このことは、僕が計画した恩返しのプログラムに、ちゃんと組み込まれていた」

 「この少女のたたずまいのりんとした気品」
 「お母さまを喜ばせると、自分がとても嬉しくなるんですもの!」
 「何ごともけっして急がないこと。得るものは、自分で、自分ひとりの力で、手に入れるのです。よい子であることで、人に愛されるようにすることで」
 「眠る前に、毎晩やっているように、父母の面影をまぶたに思いうかべた」
 「美しく晴れやかな朝。嵐は道も野もあらいきよめて、草にも木にも、あらゆるものに、まるで昨夜生まれたばかりのような新しい生命を与えていた」

 「わたしは幸せになる。すこし、たくさん、完全に」  「やるぞという意志をもつ」
 「青いリボンのついた素敵なエスパドリーユをもうすぐ履く夢を見ながら寝た。なぜならペリーヌは成功を疑っていなかったから。いっぺんでうまくいかなくても、2度目か3度目、10度目には必ずできる」  「明日なにが起きるかと楽しみにする」
 「パリカールへの愛情は、あらゆる生き物に対して、親しみを感じるようにしていた」
 「人生には、少しおばかさんだと思われるほうがよいことが、よくあるものです」
 「わしは意志と勇気と決断力のある、あきらめない人間が好きだ」
 「わしは、だれか頭がよくて、口がかたくて、信頼できる忠実な者を傍に置きたい」
 「これをつづけて発展させるためには、おまえにふさわしい夫が必要だ」

 

 いよいよ決勝ですね。中・高とサッカー部だった僕には熱い日々が続きます。みなさまは如何ですか? 勝つチームにはやはり、それだけのことがありますね。本当は、人は、出会った瞬間に勝負が決まる、というのが本当ですね。個人でもチームでも国家でも一緒。気魄が、紙一重でもいいから上まわっている奴が勝つ。 本日はトルシエの国の物語でした!

 
 

 

 

 

                VOL.39           2002.2.6

 

        英米文学

 

 「価値あると思うものにこの両腕をまわし ―愛するものにこの唇をつけ― 信頼するものの上に身を休める」                           シャーロット・ブロンテ

本日は東京堂出版「英米文学名句名言辞典」から

 「美は真にして真は美」                    ジョン・キーツ
 「わが魂は魅せられし舟 眠る白鳥さながらに 汝が妙なる歌声の
 銀波にのって流れ行く」 「冬来りなば 春遠からじ」              P.B.シェリー
 「4月ともなれば夕立のお湿りがきて 3月の枯れ根にも花の蕾がほころびる」
                                           G.チョーサー
 「時は春 春の朝 朝7時 丘にきらめく玉の露 み空に高きあげひばり」
 「単純な美、それさえつかめば、神のつくりたもうたほぼ最上のものをつかんだことになる」
                                     ロバート.ブラウニング

 「ただひとり私はさまよった 谷や丘のうえ はるかに漂う浮き雲のように
 そしてとつぜんに私は見た 咲きつどう黄水仙の群落を みずうみのほとりに
 木々の下に そよ風にはためき 踊るすがたを」          ウィリアム・ワーズワース
 「さお鹿は夕べに飲みて充ち足りぬ 月影おどるモナンのせせらぎ」
 「誇り高いメイジーは森の中 さてもお早い朝のお出まし 茂みの上にはかわいい駒鳥
 うっとりするほど妙なる歌声 きれいな小鳥よ教えておくれ
 わたしのお嫁入りはいつの日か」                 ウォルター・スコット

 「この世界は美しいところであり、そのために戦うに値するものであり、そしてぼくは、この世界を去ることを心からいやだと思う」                  E.ヘミングウェイ
 「偽物だったら消し、本物なら本気で自分のものにして…・」         アーサー・ミラー
 「あかりなんかつけないで!」                   テネシー・ウィリアムズ
 「若い女は夢でいっぱいだ。あれほど感動的で危険なのは、そのせいだ」
                                        アイリス・マードック
 「子供を産むのは、女にとってはしごく当り前のこと」      キャサリン・マンスフィールド
 「彼女の声はお金にあふれている」             S.フィッツジェラルド
 「天にはこのほの白いとばりがくりひろげられ、大地はまっ黒な草木におおわれていたので、天と地が地平線で相接している一線がくっきりときわ立っていた」
 「神々の司は、もうテスをもてあそぶことはやめたのであった」      トマス・ハーディ

 「ヒースクリフはわたし以上にわたし自身だからよ。わたしたち2人の魂が、何で作られているにしても、あの人の魂とわたしの魂とは同じものなの」          エミリ・ブロンテ
 「私の心はすべてあなたのものです。あなたにおあずけ致します。運命が、私のほかのものをあなたの前から永久に奪い去ることがありましても、この心だけはお傍を離れないでしょう」                                     シャーロット・ブロンテ
 「ああ、お父さん。私達の家はなんとすてきな家なんでしょう。私達より幸せな人は誰もいないと思うわ」                                ジョージ・エリオット
 「『神様、ぼくたちみんなをお恵みください』とティム坊やが一番あとから言った」
                                      チャールズ・ディケンズ

 「それぞれの出来事では ―疑う余地のない、生きるという行動においては― 何かわからんが、条理にかなったものがその不条理な仮面の背後から姿形を現わしてくるものだ。人間何かをぶちこわしたけりゃ、その仮面をぶちこわせ!」           H.メルヴィル
 「人間の頭を使って解けないような謎を、果たして人間の頭が編み出せるものかどうか、疑わしいね」                               エドガー・アラン・ポオ
 「僕はあぶない崖のふちに立ってるんだ。僕のやる仕事はね、誰でも崖から転がり落ちそうになったら、その子をつかまえることなんだ」            J.D.サリンジャー
 「海賊トム・ソーヤーだ! カリブ海の復讐鬼だ!」 「われこそはロビン・フッド」
 「つまるところ、世の中はそれほどはかないものではない」         マーク・トゥエーン

 「人生という広大な経糸を考えてみれば、人はその思い思いの好みに従って、気に入った撚り糸をえらび、好きな絵模様を織り出していけばいいわけだ」       W.S.モーム
 「じいさん、名は何ていうんだね?暮しは何で立ててるんだい?」     ルイス・キャロル
 「死人の箱には15人 よー、ほー、ほー!それにラムが1ビンさ! 残りは酒と悪魔がやっつけた よー、ほー、ほー!」                    R.L.スティーヴンスン
 「最良の時というものは捕えにくいものなのです。皆さん、あなた方が大きくなったら、いつどんな時にやって来ても、自分の最良の時を見のがさないように十分用心しなければなりません」                                    ミュリエル・スパーク
 「みんな、みんな去ってしまった、昔なじみの顔が」             チャールズ・ラム
 「かの黎明に生くるは至上のよろこびなりしが、若きぞげに天上そのものなりし」
                                    ウィリアム・ワーズワース

 

 名作といわれるものを読んでおくと、楽しみが多いですね♪

ハガード

 

 

 

日本語        Japanese


 

 

 大和言葉。大変美しい、研ぎ澄まされて、美の極致。

 美しい、うまし、えし、はし、よし。

 心ある人は美しいもの自覚してやってゆくべきじゃないか。日本の言葉、美しい大和言葉、世界で最も洗練されたもの。

 崇神が立った以上、日本はシュメール語が標準語。

 世界は日本語が押えてくる、世界の公用語日本語になります、日本語が世界共通語になる世の中に当然として広まって、国際語実際として

 

 

 

 

 

 

        川崎真治

 

シュメール語

    ク        食う
    アカール    めしあがる
    ト        人
    パツル・ギル 剣・ツルギ
    カ        顔

 

川崎真治

 

 

 

 「漢字、カタカナ、ひらがな、ローマ字。現在の日本人は、これらの文字をじょうずに使いわけています。世界でも、4種類の文字を使いわける国民は、ほかにありません」
 「ふりがなにあたるものを常に使用して表される文字は、日本の文字以外には、あまりありません」                                        町田和彦

 

 

 

日本国語大辞典 第二版 小学館

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日本文学    Japanese literature


 

 

         かきくもり あやめも知らぬ大空に
          ありとほし とは思ふべしやは
                            貫之

 

 

 

 

 

作詩        Poetry


 

 

  熱海、一遍書きたいな、窓ちらり、今日も書けなかったな。熱海、熱海―。紙と鉛筆、ベッドに引っ繰り返って海酸漿、手の中にある、一人の手じゃ詰まらない。握り、二人握り合わせた手の中に、海酸漿がありました。伊東の町のロマンスよ、恥かし出湯の思い出よ。涙の瞳が訴える、二度と会えないその人に〜。よし、二番出来た、お仕舞い。熱海の駅が見える頃、網代の端に薄れ行く、伊東の灯りを振り返り、君と別れた砂浜の、切ない思いに咽ぶ間も、闇は無情に遠ざかる、拵えて三番。僕の歌、そんな風にしていつも出来ます。気の向いた時に書く。

 品性を磨く。詩。ある人のは何をやっても品がいい。

 桜もうちりかけて、ここみてるみたい。なかにはあざやかな桜貝みたいな、中にはまっ白みたいな、歩くとこいっぱい。花がさいてもぱっとちってしまう。はっぱ、ふみながら歩いて、花もさかないで、人にふまれる。なぜさかない、葉っぱだから。それみたら、小さい花でもいい、さくだけいい、思ったら元気出してね。

 キヌの嫁、神戸の小さい。涙が出てきた。

 瑞祥、常ならぬ現世に喜びの涙あり。僕これ泣きながら書いた。やまとことば、忘れられてゆく。即ち心が忘れられてゆく。高尚なことが分か